映画 感想

硬派な必見SFとしてのブレードランナー

 

ブレードランナーと言えば言わずとしれたサイバーパンクSFの巨塔である。1982年公開で、主演はインディー・ジョーンズシリーズの主役「ヘンリー・ジョーンズ・ジュニア(インディアナ・ジョーンズ)」やスターウォーズシリーズの「ハン・ソロ」を務めるハリソン・フォードであり、原作はかの有名なフィリップ・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」である。2017年には続編「ブレードランナー2049」も公開され、再び話題となったのも記憶に新しい。
本作はカルト的な人気を誇っている。それは本作がサイバーパンクの草分け的な映画作品であるからでもなく、本作の映し出すサイバーパンクの世界観が醸し出す退廃的で鬱々として、それでも力強くディープでビターな雰囲気でもなく、はたまた本作が後のSF作品に与えた影響の大きさや、本作が持つ複数のバージョンと深い考察の余地でもなく、その全てである。
本作品を語る上で、サイバーパンクというジャンルを理解することは必須である。何故なら映画におけるサイバーパンクとはまさにブレードランナーによって生み出されたと言っても過言ではないからだ。サイバーパンクとは「退廃的で反文化的、反知性的に進化した資本主義または産業文明」と、「高度に発達した生物工学、ロボット工学、情報化技術」によって作られるディストピア世界を描く作品一連を指す。一言で言えばこれは「暗いSF」であって、近年のSF作品は多かれ少なかれサイバーパンクの要素を持っている。
例えば超高層ビルの最下層に広がるスラムの町並みや、巨大企業に支配される完全に統制された市民、人体に埋め込まれた高性能電子デバイスによって人々がネットワークに接続された世界、身体の機能を生物工学またはロボット工学によって拡張することが当たり前になった世界などのモチーフは、全てサイバーパンク的世界からもたらされたものであり、すなわちブレードランナーがその映画としての起源と言っても差し支えないのである。
実際にブレードランナーを鑑賞すると、あまりにありふれた表現と暗い世界観にうんざりするかもしれない。或いは、話の展開が早すぎて心象描写、背景描写が不十分であると感じるかもしれない。しかしそれらはサイバーパンクの元来持つ特徴であって、サイバーパンクとはわかりづらいものであるし、人の心が失われゆく世界を描いたものであるべきなのだ。
わかりやすいSFは本当の意味でサイバーパンクではないし、人の心が緻密に表現されているSFもサイバーパンクではない。サイバーパンクとはプリミティブに退廃的文明を描きながら、人間の本質や存在意義を問うジャンルなのである。
ブレードランナーはそうした古典的なSFを観たいという欲求を十二分に満たしてくれる。むしろ重厚なSF映画はこれだけを観れば十分である。そういう気分にさせてくれる映画なのだ。

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