映画 感想

やはり心に突き刺さる「チョコレート ドーナツ」

 

「チョコレート ドーナツ」は、全米映画祭で数々の賞を受賞した感動作として評判の良い映画です。
1970年代のニューヨーク ブルックリンデ、ゲイの男性が育児放棄された障害児を育てたという実話に着想を得て製作され、舞台をカリフォルニアに置き換え、主人公をシンガーを夢見るゲイのシューダンサー、ゲイであることを隠している検察官、薬物に手を染めた母親から半ば育児放棄されているダウン症の少年で物語は進行していきます。

 

ゲイであるルディの隣の部屋はシングルマザーの母子家庭であり、荒んだ環境でダウン症のマルコは時折部屋の外で放置されていますが、なすすべがありません。
そんなマルコは、ルディの母性のような父性のような感情をかきたてられる存在となっていきます。

 

夢やシンガーの実力はあるものの、ゲイのショーダンサーが職業のラテン系の容貌のルディと、その対極にあるようなお堅い検察官でアングロサクソン系のポールの異質な組み合わせが複雑な社会を反映しているかのようです。

 

かりそめの家族(親子)のように暮らして、渇望していた幸せを感じるルディ達にに対し、ヒッピー文化を通り越したアメリカといえども1970年代のアメリカでは、男性同士の同性愛者のカップルやそれに加えて障害児の男の子の組み合わせは偏見の目にさらされます。
弱者や性的マイノリティであっても流石に男性なだけのことはあり、頼もしい限りなのですが、裁判では最終的に親権は母親の元とされてしまいます。

 

物語の終盤で、映画の冒頭の日が暮れていく橋の風景がどのような光景であったのかが判明します。
マルコは3日間家を捜し歩き、橋の下で一人で亡くなったのでした。

 

一方デモテープが認められシンガーへの道が開けたルディの元へこの知らせが伝えられました。
ルディの慟哭のような歌うシーンで物語は終わっていきます。

 

良くできすぎたストーリーで少し美化しすぎと言えばそれまでですが、心のどこかに突き刺さるような映画です。
薬物に手を染めた母親のリアルティや社会問題、真実がいくつか交差しているためかと思われます。

 

ルディを演じるのは、バイセクシャルを公言しているアラン・カミング、スコットランド出身の俳優ですが映画中ではイタリア人っぽく見え、最初はそれが暑苦しくて仕方なかったのですが、やがて宗教画のように心優しく穏やかな美しい容貌に見えて来るのが印象的です。
マルコを演じるのも本当にダウン症の少年であることも驚きです。
タイトルである「チョコレート ドーナツ」は、作品中に出てくる情景の一つとして大きな意味はないものの、ご褒美ごはんといった意味合いで、そのことが複雑な思いとともに胸に残るタイトルです。

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